毒出し効果系の写真療法です

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みなさまこんにちは。

フォトセラピーのAkiです。

 

五月晴れの爽やかな日。みなさまいかがお過ごしでしょうか。

こんな夢のようなすがすがしい季節はとても気持ちが良いですね。新緑をたのしみにおでかけさせるかたも多いのではないでしょうか。

という文章に全くふさわしくない(^^;すがすがしくなくて所帯感満載の写真を添えてすみません。そのまま公開するには見苦しいのでせめて白黒にしました(‘◇’)ゞ.

 

さて、写真などの表現アートセラピーには二つの系統があると思います。

ひとつは自分が楽しいもの、美しいもの、癒されると感じるもの、ポジティブな面にアクセスしてそれらを表現して元気になっていく系統のもの。

もうひとつは自分の心の闇にアクセスして、押し隠してきたもの、見ないふりをしてきたもの、ネガティブな面ですね、それらを出すもの。表現して認めてあげる、一旦は泣いたり落ち込んだりするけれども、その後元気になる毒出し系のもの。

専門家の意見にも賛否両論ありますが、わたしはどちらにも効果があると考えています。したがってフォトルーム・アンシャンテのフォトセラピーにはこの二つの系統が両方あります。

今日は↑ふたつめの毒出し系のフォトセラピーについてお話します。

 

好きなもの、いいなと思うものを撮っていると自然と元気になります。それはとてもシンプルなことですよね。加えてそれをSNSに公開すれば、それを見た人も楽しめて元気が伝染します。とてもすてきなこと。

忙しくて大変な毎日の中にちょっとでもそんな瞬間を見つけて撮ることは大切なことです。それは真実です。

自分のプライベートにも内面にも楽しくてうれしいことがいっぱい、ネガティブなものなんて何もないの、という方には下記の話は関係ありませんからお読みにならないでくださいね。

 

誰でも自分のポジティブな部分を見ようとするあまり、内的なネガティブな部分、悲しみ、怒り、妬みなどを否定したり、存在しないことにしたりするとなると、それはかなりよくないと思うのです。

分別(ふんべつ)のあるおとな、と言われる年齢になればなるほど「こんな風に考えるなんていけない」「こんな感情子供じみていて恥ずかしい」など、認めたくないものを否定したりしがちです。特に日本は慎みの文化ですから尚更でしょう。

行き場を失った、認めたくないネガティブな内面は解放されることがないので、いつまでも滞って、異なる形で影響をおよぼしたりすることが多々あります。(このことについてはまた改めて書きます。)

内的ネガティブな部分というのは、子供っぽくて思慮に欠け、混沌として無秩序、無分別、非論理的です。でもそれでいいのです。いくつになってもそうしたものは生まれます。その部分を相手・ところ構わずぶつけましょうと言っているのではないので(^^;)誤解されぬよう。イチバン簡単な方法で見える化しましょう。写真という方法で、と提案しているのです。

 

セラピー云々の前に、毎日一定の時間をつくって、自分の内部を総ざらいすることはとても大切なことです。日記などというしっかりした形でなくても殴り書きのメモもいいです。誰に見せる必要もないので「悲しくて仕方がない」「馬鹿野郎」「△ね!」と思い切り汚い言葉が浮かんできてもやめずに書いてください。

そんな時間すらも取れない、忙しくて疲れてどうしようもないという場合は写真、いいですよ。携帯でスマホで、そう思った状況で身の回りにあるものを撮ってください。その時の感情が写っています。これも誰に見せる必要もない(私は公開してますが(^^;ごめんなさい)、だれかにいいねと言ってもらう必要もないのですから。自分のなかのどんな部分もまずはきちんと認めてあげましょう。

このつづきはまたこんど。

そんなこんなで今日も布団干しと膨大な洗濯掃除にもどります。「あ゛ーーーーーもうやりたくなーーーーーーーい!!!」